2020/12/22私のお守り
人は験を担いだりお守りのような物を持って生活している人が結構います。
他人からは見えないことも多く、ひそかに自分だけの世界で満悦できる
ものとして習慣化したり、愛用しているのかもしれませんね。
財布にいつも家族の写真が入っていて、遠く離れた所で仕事をしている
方、あるいはお札をいつも身に着け大いなる加護のもとに歩こうと
している方も知っています。それぞれ心の安心を求め、
それを持っているだけで心が平安になるのでしたら結構なことです。
私もポケットに忍ばせて掌に握ることで、落ち着くものを以前持って
いたことがありました。
これがなかなか良くて感情的になってはいけない時、会議や交渉事では
大いに役に立った思いがあります。緊張感に包まれるとき、心がざわつく時に
持っていると落ち着くので重宝していました。
「それでは今は何か持っているのですか?」
「今は別な物をバッグにぶら下げています」
一年前になりますが、知覧の特攻観音に久しぶりに行ってきました。
成人にも達していない若者が自分の運命を受け入れ、文をしたためたその巻き
を見たとき、なんとも言えない声を聞いたのです。
「ちゃんと生きているか。怠惰な日々を過ごしていないか。
自分に甘くなっていないか」と。
それ以来ですね、飛行機をあしらった円形の金属彫金をぶら下げたのは。
いつもハッとできるようにと思っています。
私の場合はお守りというより、戒めになりますね。