2022/11/10もっと大事なもの
今もあるのか知りませんが、小学校の頃に知能テストなるものがあったように思う。
いつものテストと違う感じがして、あまりいい感じはしなかった。
それは百点を取れないような試験で、結構なストレスを感じたからかもしれない。
必ず解き残しがあって何のためのテストかなと思っていました。
そして結果を知らされることもなく、ただ試験されるだけという事が一方的過ぎて、
何か面白くないのでした。
いわゆるIQテストだと思いますが、これが何のために行われてきたのでしょうか。
私の同級生の一人は、ある先生から特別に目を掛けられることがあって、子供心に
依怙贔屓とは違うものを感じていました。
成績は上位にいますが、ダントツに良いかというとそうでもありません。
他の出来る子供たちと一緒のような所にいるのです。その橋〇君は家庭での勉強は
まったくと言っていい程しません。なぜ分かるかというと、私は彼と仲良くさせて
もらっていた関係で、そのことは感覚で分かりました。
何故家で勉強をしないのか。いうまでもなく学校の授業を受ければそれだけで出来て
しまうからです。ですから彼の天性の素質と優秀さは感じてはいました。
中〇先生は担任ではなく英語の先生でしたが、そのような現状を見かねたというか、
親心を持っていたのかもしれません。
お前の才能だったらもっと上に位置して、高みを目指すべきだと思ったのでしょう。
私も少しは出来ましたが、自分とはものが違うという感覚はあったのです。
そのような彼との仲は社会人となっても続き、大阪出張の際は京橋で飲み、帰って
くれば市内でと近況を交わす関係は続きます。
大学を卒業してから天下のパナソニックに就職して、特許関係の仕事を東京でして
いましたが、また大阪に帰ってこられたようです。
俺は内気で人見知りの性格だからどうもいけない。俊男君のように会社を経営する姿
を見て尊敬するよと言います。しかしこれは当たっていませんね。同じように内気で
あったからこそ意気が合い話が出来たのでした。
以前の年賀状に息子が赤門に合格しましたとありました。やはり親に似た亀の子かと
思いましたね。今は国交省の官僚として頑張っている様子を聞きます。そしてここ3年
以上この御時勢故に会うこともかないません。また落ち着いて飲みたいものです。