2022/05/30勤務地14
中之島の電報電話局の次の職場は、同じく大阪市内の大正区に決まりました。
ここは沖縄人が多いことでも知られる所です。阪神工業地帯のど真ん中に位置して
工場が沢山操業している所でもあります。
庶民の住む下町は、いかにも大阪らしい特徴を表して、おばちゃんの元気な声が
聞こえるところでもあります。この建築現場は、この地域に相応しいとも言える
ごみ焼却工場です。大阪市から出るごみを処分する工場として、昔からあった古い
工場を解体して新しく近代的な焼却施設に造り変えるものです。
ここの現場に配属されて本当に良かったと思うのは、仕事はもちろんのこと生涯の
友と巡り会えたことですね。
同じ寮にも住み、会ってすぐ波長の合う人だなと感じたのでした。以来40数年
欠かすことなく音信を交わし、お互いの結婚式にも参列して今に至っています。
私は鹿児島に帰ってきてもう長いのですが、変わらず付き合いをさせていただいて
いるのは誠に有難いことです。
2~3年おきくらいでしょうか、東京への出張を機会に会っては近況を語り合うの
でした。一足先に辞めた身ではありますが、会社のことや同じ職場にいた同僚や
先輩の今現在を聞いては話が弾むのでした。
ここ3年以上はコロナの事情もあり、会うことはかないません。何と言っても
リアルに会い、話が出来るのが一番ですから、コロナからの解放をお互いに心待ち
にしているところです。私は色々現場を巡るうちに、入社五年目を迎えていました。
その友人はここの現場が初めての赴任地になります。
石油ショックの影響は大きく、かつての何百人単位の採用はなくなり、高卒の採用は
無くなっていたのです。
さて現場のことをお話しすると、大きなプロジェクトの現場で、社員は林所長を筆頭に
宮本副所長、村松、谷、竹口、高木、梅津、尾崎、藤本、野佐、安部、手島、君野、
他に経理の氏田さん、クレーンオペレーターの田畑さん、事務の女性社員(名前を思い
出せない)食事の世話をするおばちゃんです。
現場技術者の人数だけでも13人という大所帯です。これ程の社員を要する現場は、
後にも先にもここだけでしたね。初めて経験するタワークレーンは、建築マンが憧れ
る荷揚げ設備です。中堅ゼネコンとはいえ、このようなクレーン設備の必要な現場が
いつもある訳ではなく、いい経験をさせてもらったと思っています。
続きはまた次回にお話しさせていただきたいと思います。