2022/04/20勤務地10
滋賀県は関西圏の中では比較的地味な県と言われてきました。
場所を示すことが出来ない人もいると言われますが、本当だろうかと思えるのです。
歴史的な背景は豊富で多彩です。滋賀県の人が誇りに思っている歴史の産物は多く、
世界遺産の延暦寺をはじめとした社寺仏閣、国宝の彦根城、信楽焼等、聞けば成程と
思えるものばかりです。
都に近いと言う立地から、戦国の世に強者どもが足跡を多く残した所でもあります。
そのような地に級友の下野君も赴任していたのでした。
何故営業職に変わったのかについて本人は謙遜して言います。
「現場で使い物にならなかったから営業に回された」と。しかしこれを額面通りには
受け取れませんね。現場は専門的な知識や経験を積んだ技術者が、形のある建築を造り
上げる地道で時に苦労することのある職場です。
現場所長は、陽気でそつのない所作を見て「これは勿体ない、営業職に回そう」と思った
のではないかと私は見ています。そしてその証拠はたくさんあります。
多くの案件をまとめ上げ、会社の売り上げに貢献し続けているからです。
また同業者からの信頼も厚く、人間のことをよく分かっている人でもあるからです。
これは本人にはまさに天職であり、下野君もきっとそのように思っているはずです。
ちょうどこの頃2級建築士の試験がありまして、揃って受験したのでした。
場所は確か大津商業高校だったと記憶しています。
午前の試験が終わり、昼食の時間になって鞄に法規の本が無いことに気が付くのです。
法規の試験は法規の本をめくりながら解くことが許されています。私は付箋を沢山つけた
本を鞄に入れるのを忘れてしまったのです。
急に暗雲が立ち込めて、午後の試験は見通しの立たないものになったのでした。
どうすればいいか焦る気持ちが募ります。妙案はなく、今年は諦めなければならないかも
しれないと思い始めていたのでした。そこで急に思いついたのが、下野君の車で一緒に
会場に来た事でした。
「大津の商店街に書店はあるかな」と聞くと、確か一軒あったと思うと言うのです。
後は彼に頼み込んで「一緒に書店まで車で送ってくれないか」という甚だ迷惑なものでした。
片道10数分、商店街をひた走り息も絶え絶えに書店に駆け込んだのです。
すると赤色のいつも見る建築基準法の本が棚にあったのです。本をわしづかみにして会計を
済ませ、また会場に走って戻ってきたのは午後の試験開始5分前でした。
昼飯を食べる時間は当然のようにありません。そんなことより間に合った喜びと安堵感が
大きかったのです。そんな苦しい2級建築士の試験日でした。そして結果発表は見事に合格
していたのでした。一方の下野君は・・・・、不合格。
私の不手際に付き合ってくれて、車を運転してもらい、空腹のまま午後の試験に臨んだ
のでした。
息を整える時間も無いままに解き始めた問題です。影響は少なからずあったのでした。
その彼はあくる年再度受験して、建築士の試験に見事合格したのでした。本当に良かった、
肩の荷が下りました。それは私が背負ってもいない荷が下りた瞬間でした。
今では笑い話のようにして話しするのですが、彼の結婚式ではこのことを皆さんにも披露して
聞いてもらったのでした。今まで沢山ありがとう、これからもよろしくお願いします。