2021/08/01光が強い
光が強ければ影も濃い。
オリンピックはそんな感想を抱かずにはいられません。競技において勝者がいれば、対となる
ように必ず敗者がそこにいます。当たり前のことですが、TVに映る勝者は大きく
クローズアップされて、歓喜の雄たけびと、喜び跳ねる姿をとらえて映し出されます。
その陰で膝を屈してうなだれ、うつろな顔で足取りの定まらない敗者の様子が、光と影の
ようにしてそこにあります。そうした敗者の描写が最近とても気になっています。
さらにマイクを向けられて、言葉を発しなければならない苦しさを思うと、気の毒な思いが
します。この5年間何もかも犠牲にしてきたのに、何の意味があったのだろうかということ
をいう選手もいましたね。挫折感に打ちひしがれて、暫くは前を向いて歩くことが出来ない
かもしれません。アスリートでない私達凡人でも、この競争社会では優劣をつけられ、
思ったような結果を得られないことは多いです。勝ち負けの価値観でいうと、負ける
ことが圧倒的に多いような思いをしています。同期は先に昇進したのに、自分はその
ままの位置に甘んじなければならない。あるいは高卒という学歴では、容易に会社の
ステップを上がれない。等組織の中では悔しい思いや、挫折を味わう
ことは多々ありますね。過ぎ去った今冷静な思いで振り返ると、人事には不服では
あったが、やはり自分の力不足と考え方の拙さがあったのだろうと思います。
人後に落ちることはないと一方では思っているので、認められない欲求不満は
募ることになります。挫折しても粘って、粘ってやり続けることは大事で、
そのうち本来の自分を発揮して、進めるようになりますから全然大丈夫ですね。