2021/10/30一気呵成5
現場が始まってから休日は2週間に1回位あったでしょうか。
それでも年が明けてからは休みは殆んど取れなくなり、明けても暮れても仕事に没頭
しなければならない状態がやってきます。竣工迄の2か月半は全く休みは取れなくなり、
体は悲鳴を上げていたのです。最近藤井寺第3中学校の沿革を見てみると、当時のいき
さつが書かれていました。
昭和53年7月森永乳業から土地買収とあります。そして竣工して開校するのが昭和55
年3月ですから、わずか1年8か月の間に、企画して基本設計、本設計、入札執行、業者
決定までこぎ付け、工事期間は半年ちょとしか残らなくなったということです。
第三中学校の工事は当初から無理筋の話ではありました。
建築設計会社は石本建築事務所です。全国区の建築設計会社で、トップ10に入るような
大きな設計会社です。鹿児島では鹿児島銀行本店の設計を担当した会社ですね。
話は飛びますが、松下電器(現パナソニック)はいち早く週休2日制を取り入れた日本で
最初の会社でした。その英断は当時、さすが天下の松下と言われたものです。
昭和54年位から急速に週休2日制が取り入れられて、役所もそれに従うように制度化
されたのでした。
一方で建設業は週休1日のまま長いこと取り残されていました。
着工からすでに突貫工事を余儀なくされて、最前線の現場は職人も社員も、月に2回休め
るかどうかの厳しい状況が続くのでした。昨日はそのような仕事環境がいかに危険な状況
を孕むことになるかを書かせてもらいました。
これが民間工事ならいざしらず、公共工事でありながらこのような工事が発注されることに、
義憤を感じずにはいられないのでした。役所はまだ発注者としての意識が強くあり、そして
受注する我々民間人はそれを唯々諾々と受け入れる文化が根付いたまま残っていたのでした。
そうしなければ役所のさじ加減一つで、いつ入札指名を外されるかもしれないという、
妄想にも似た感覚を一様に持っていたのでした。